今更だけど「水曜どうでしょう」
この記事はアドベントカレンダー「#おたく楽しい」への寄稿です。
お住まいの地域のテレビ欄、ローカル局の番組表を探してみてほしい。
たいていの地方で「水曜どうでしょう」の文字が探せると思う。北海道テレビが製作した化け物ローカル番組の名前だ。
チャンネルを合わせてみればたいてい男が二人映る。サイコロキャラメルを歌い踊りながら転がして深夜バスを乗り継いでいたり、東京から北海道に帰るのにスーパーカブに乗って延々陸路をひた走ったり、ジャングルで野生動物を探していたり、カヌーでユーコン川を下っていたりする。あるいはヨーロッパのすべての国を1ヶ月弱で車でまわろうとしていたり、タレントとディレクターがひたすら日本全国の甘味を食べていることもある。ディレクター二人はめったに画面には映らないが、カメラの外からタレントとしゃべり、番組を進め、時にはガチ喧嘩を繰り広げる。
この番組に出演しているタレント二人の片割れが大泉洋だ。まだ無名の大学生だった彼は、この番組出演をきっかけに今やNHKの大河ドラマや朝ドラへ出演するような全国区の俳優にのしあがった。およそレアなケースと言えるのではないだろうか。
彼はカメラの前で企画が発表されるまで番組内容を知らされない。時には騙される。国内なのか海外なのか暑いのか寒いのか日帰りはないにしても何泊するのかも知らされないことが多い。昔は彼のパスポートは番組ディレクターが保管していたという。
大泉洋の魅力はその話術にあると私は思う。落語を聞いて育ったという彼の独特の口調によるトーク(この番組の場合悪態をついている場合も多い)は聞いていて妙にリズムやテンポがよくて、うっかりするとうつる。
例えば「料理上手な大泉くんに番組でその腕前を披露してもらおうじゃないか」と誘い出された場所は畑であり、料理どころか耕して種を蒔くところから始まる。わざわざ知り合いのシェフに仕込んでもらったパイ生地まで持参していた大泉洋は、暑い畑で延々作業させられ野菜が出来上がるまでもちろん料理出来ない。次のロケではろくろを回して皿を焼かされ、皿が完成しないうちはやはり料理は出来ない。すっかり騙された大泉洋はパイ生地がダメになったことを怒り、帰り道でディレクターの一人藤村忠寿と口喧嘩を始める。パイ生地がダメになる前にディレクターの家族に食べさせてしまおうと脅し始めるのだ。
「どーも奥さん 知ってるでしょう?
大泉洋でございます
おい パイ食わねぇか
子供たちもおいで パイ焼くぞぉ…」
本当は音声だけでも聞いてもらうのが一番魅力が伝わるのは分かっているのだが、ブログにオフィシャルではない動画を貼るのは気が引けるので出来ない…みんなどうにかして聞いてください(婉曲表現)。
この放送は「シェフ大泉夏野菜スペシャル」という回だ。「おい、パイ食わねぇか」のセリフは「第一回あなたが選ぶどうでミー賞名セリフ部門」で二位にダブルスコアの差をつけて堂々一位を獲得している。
その後第二回の投票も行われたが、この時も(僅差だが)一位であり、つまりファンから絶大な支持を受けたセリフなのだ。
なお、この時カメラはどこを映しているだろうか。喋っている大泉洋ではない。喧嘩相手の藤村忠寿でもない。車窓である。動いている車窓が延々映っているだけなのだ。
だがこれにより、視聴者は悪態をつき続ける大泉洋の顔をそれぞれ脳裏に再生できてしまう。また、あたかも自分も車内にいて、彼らの喧嘩を聞いているような…番組に参加しているかのような錯覚さえおぼえる。
カメラ担当ディレクター嬉野雅道によれば狙ってこの構図になった訳ではないらしいのだが、この錯覚が番組との一体感を生み出し、ローカル局の深夜番組でありながら一大人気番組にのしあがった原因のひとつであるのではないだろうか。
またカメラに映るもう一人のタレント「ミスター水曜どうでしょう」鈴井貴之。大泉洋の事務所社長(現在は会長)である彼は、東京に頼らない地方の芸能の活性化を自ら実践している人だ。「マルチであれ」と所属タレントに説き、「生涯現役」を掲げ、少々昔風ながら男前に分類してもよい顔立ちでありながら、50歳をこえた今でも全身タイツも顔を白塗りにすることも女装コントもいとわない。
最近は番組を引っ張るというより美味しいところだけをさらっている気がしなくもないが、やはり彼がいなくては番組にしまりがない。
過去に平日深夜にも関わらず高い視聴率を叩き出していたこの番組だが、様々な事情があり、現在は数年に一回の新作が放映されるに留まる。
かつてのレギュラー放送最終回にはわざわざ道外からリアルタイムで最終回を視聴するためだけにやってきた人も多数いたらしい。しかしながら当日「ごっめーん、編集してみたらどうしても予定時間に収まりきらなかった!という訳で本当の最終回は来週ね、てへぺろ!」と最終回が一週延びた(ことが放送で明かされた)。視聴者は騙された格好になるが、怒るどころか「さすがはどうでしょうだ!」と笑って帰っていったと言う。このような番組ファンは「どうでしょうバカ」と呼ばれ、また自ら「バカ」を誇る。
道内はもちろんのこと、国内外でロケに使われた場所を訪ね、同じものを食べ、時には「どうバカ」同士で番組をなぞった対決までするらしい。
ちなみにこの「数年に一度しか作られない新作」は、東京のキー局では基本的には放映されない。まずは北海道で放映され、順次各地方のローカル局が(北海道テレビから番組を買って)放映する。首都東京はこの番組にとって地方である。
ネットショッピングが整備されてだいぶ改善はされたが、北海道に行かないと買えないグッズも多々ある。
ついには道民になってしまうどうでしょうバカもいるとか、いないとか。
長々語ってしまったが、なんと言っても「水曜どうでしょう」は「全国で再放送され続けている」稀有な番組だ。動画サイトなどに頼らなくても、たいていのご家庭のテレビで放映されているのを見ることができると思う。
興味があったら、是非見てほしい。
おかしな番組だが、魅力の一端は伝わると思う。
私のおすすめベスト5は
「対決列島」
「シェフ大泉夏野菜スペシャル」
「シェフ大泉車内でクリスマスパーティー」
「屋久島24時間耐久魚取り対決」
「原付ベトナム縦断1800キロ」
の5本。他の企画も様々魅力があるが、気に入っているのはこのあたりだ。